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魚籃観音(ぎょらんかんのん)

清岸寺の境内には、魚籃(ぎょらん)観音という観音様の石仏があります。三十三観音の一つで、手に魚の入った籠を持つ観音様です。
魚籃(ぎょらん)観音は、魚の入った籠を持っていたり大魚に立っていたりするので、地域によっては魚供養や海上安全祈願、大漁(→商売繁盛)祈願などでお祀りされることもあるようです。
この度、本堂に向かって右手にお祀りしていた清岸寺の魚籃観音を本堂に向かって左手(幡ヶ谷聖観音に向かって右手脇)に遷座いたしました。


魚籃(ぎょらん)観音について、仏教辞典の記事をまとめると以下の通りです。

・魚籃(ぎょらん)観音
三十三観音の一。手に魚の入った籠(魚籃、さかなかご)を持つか、大魚の背に乗る姿にあらわされる。中国の伝説より生じた観音。中世中国で起れる信仰で、経軌(きょうき、密教における経典と儀軌)経文には説かれない。なお、魚籃観音と馬郎婦(めろうふ)観音とは同体とされる。
本来は盂蘭観音(すなわち盂蘭盆に現れる観音の変相)であったが、元代の発音によると「ゆいらん」なので、たまたま発音の同じ魚籃となったという説がある。
唐代、若者たちに競って求婚された美しい魚商の女は、結婚の条件として『観音経』『金剛経』、さらに『法華経』の読誦を課す。ついに馬青年に嫁ぐことになったが、結婚式に臨んで急死してしまう。その美女が、じつは観音の化身であったという説話(『宋学士全集補遺』第三「魚籃観音像賛」)による。
魚籃観音の起源は、宋の洪邁(こうまい)の『夷堅志(いけんし)』に出てくる次のような話ともいわれる。海州昫山(くざん)に賀氏あり、世に観音像を画き葷(くん)を茹(くら)わず、価甚だ貴く、画亦甚だ工なり。一丐者(かいしゃ、物ごいする者)あり、瘡癩(そうらい)を病み、膿血潰出(かいしゅつ)し、臭気近づくべからず、鯉魚一籃を携へ、之を遣して画を求む。賀氏曰く、吾が家は累世葷(くん)を絶てり、何ぞ以て汚さんと欲するや。其人曰く、君の画く所真に逼らず、我れ貧にして乞人たりと雖、却りて収めて一好本を得たり、君之を欲するやと。賀喜びて灑掃(しゃそう)し、室を浄めて入らしむ。忽ち化して観音の真相となる。賀即ち弟子を呼びて焼香敬礼(きょうらい)す。遽にして所在を失す、室中異香満ちて歳月散ぜず、是に由りて画名益々彰われたりと。
また、裨史『西遊記』に次のような話がある。玄奘三蔵が西遊の途中、通天河を過ぎる時、水中妖魔に捉えられ、厄難を免れることができなくなった。悟空は補陀山に馳せ参じ、観音に請うと、観音菩薩は悟空と共に其の場所に到り、籃を水中に投ずると、妖魔は本身に復して籃中に盛られた。これを見ると一匹の溌溂とした金魚だったという。この話を附会し、これをその起こりとする説もあるが、信じるに足らないものである。
また、籃中の魚は龍を表したものともいわれる。
この魚籃観音を女形にするのは後世のことで、婦人の服で画するのは近代に始まるものであるという。
『法華経』第七普門品に「或遇悪羅刹。毒龍諸鬼等。念彼観音力。時悉不敢害。」(或は悪羅刹毒龍諸鬼等に遇わんに、彼の観音の力を念ぜば、時に悉く敢て害せず)とある経文に配されるけれども、これは後世の転訛である。

魚籃(ぎょらん)観音と同体とされる馬郎婦(めろうふ)観音については以下の通りです。

・馬郎婦(めろうふ)観音
三十三観音の一。中国の伝説より生じた観音。馬氏の妻(馬郎の婦)に応現した観音の意。無信心な若者を教化するため、美しい魚商の女に身を変えた観音は求婚する若者たちに対し、結婚の条件として『観音経』『金剛般若経(こんごうはんにゃきょう)』、さらに『法華経(ほけきょう)』全巻の読誦を課した。ついに馬青年に嫁ぐことになったが、結婚式に臨んで急死して見せ、なきがらを残して去ってゆく(『法華経顕応録』巻下)。『仏像図彙』巻二では馬郎婦と魚籃(ぎょらん)観音とは異なった尊容であるが、馬郎婦観音の説話は魚籃観音の物語より転化したものである。なお、後世になって馬郎婦は『観音経』の婦女(ぶにょ)身に、魚籃は羅刹の難を救う経文に配される。
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まとめtyaiました【魚籃観音(ぎょらんかんのん)】

清岸寺の境内には、魚籃(ぎょらん)観音という観音様の石仏があります。三十三観音の一つで、手に魚の入った籠を持つ観音様です。魚籃(ぎょらん)観音は、魚の入った籠を持っていたり大魚に立っていたりするので、地域によっては魚供養や海上安全祈願、大漁(→商売繁盛)祈...

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清岸寺

Author:清岸寺
清岸寺・住職の弘之(お坊さん読みでコウシ)です。
学歴:大正大学人間学部仏教学科卒業、大正大学大学院修士課程修了。
趣味:読書、映画鑑賞、合気道(合気道歴20年)。

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