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勧進(かんじん)

勧進(かんじん)とは、『岩波仏教辞典』に「本来は、人びとを教化して仏道に入らせることを意味したが、後には社寺堂塔の造営・修復・造像・写経・鋳鐘あるいは架橋・溝池掘削・道路建設など、種々の作善に結縁して善根を積むことを勧め、金品を募集することを意味するようになった。起源は奈良時代の行基のころから始まるが、鎌倉時代初期の、東大寺を再建した重源が有名である。(以下略)」とあります。


奈良の東大寺の再建の勧進について、はじめに大勧進職が法然(ほうねん)上人に下命があったものの、法然上人が辞退して重源(ちょうげん)上人を推挙したことを、以前にブログの「大仏の日」の項で書きましたが、そのことが記された『法然上人行状絵図』(『勅修御伝』)の記事を以下にご紹介いたします。

「東大寺造営の為に、大勧進の聖の沙汰侍りけるに、上人(=法然)、其の撰に当たり給いければ、右大臣行隆(ゆきたか)朝臣(あそん)を御使にて、大勧進職たるべき由、法皇(=後白河)の御気色ありけるに、上人申されけるは、「山門の交衆(きょうしゅう)を逃れて、林泉の幽栖を占め侍る事は、静かに仏道を修し、偏えに念仏を行ぜんが為なり。若(も)し勧進の職に居せば、劇務万端にして素意もっぱら背くべき」由を、固く辞し申されけり。行隆朝臣、その志の堅固なるを見て、事の由を奏しければ、若(も)し門徒の中に器量の仁あらば、挙げ申すべき由、重ねて仰せ下されけるによりて、醍醐の俊乗房(しゅんじょうぼう)重源(ちょうげん)を挙げ申さる。遂に大勧進の職に補せられにけり。」(『法然上人行状絵図』第30巻)
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清岸寺

Author:清岸寺
清岸寺・住職の弘之(お坊さん読みでコウシ)です。
学歴:大正大学人間学部仏教学科卒業、大正大学大学院修士課程修了。
趣味:読書、映画鑑賞、合気道(合気道歴20年)。

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