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こんにゃくの日

本日、5月29日は「こんにゃくの日」です。

こんにゃくの種芋の植え付けが5月に行われることから「こん(5)にゃ(2)く(9)」の語呂合わせで全国こんにゃく協同組合連合会が1989(平成元)年に制定したそうです。

「こんにゃく」は「困厄(こんやく)」に通じるため、困厄から逃れるため閻魔様にお供えして身代わりになっていただき、除災厄除(厄除け)を願う信仰があります。

嘘をつく者の舌を抜くという閻魔(えんま)様は、裏表のない「こんにゃく」が好物であるとも言われています。

東京の文京区小石川にある浄土宗の源覚寺は通称「こんにゃくえんま」といわれ、閻魔さまが祀られています。

源覚寺のこんにゃく閻魔には以下のような言い伝えがあります。
昔、目を患った老婆が持病の平癒を願って、好物のこんにゃくを断って一心に閻魔さまに祈り続けたところ、閻魔さまが老婆の身代わりになって閻魔さまの右目を与えて目を治し、老婆はお礼にこんにゃくを供え続けたそうです。以来、病気平癒、特に眼病や視力回復に効験があるといわれ、祈願の際は、こんにゃくを捧げて祈願すると願いが叶うといわれているそうです。
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『念仏者 あの人この人』

浄土宗出版から『念仏者 あの人この人』(JP文庫)という文庫本が出版されています。

この本は、「浄土宗新聞」で昭和62年9月から平成元年12月まで連載されていた「念仏者 あの人この人」と平成21年1月から平成22年12月まで連載されていた「続 念仏者 あの人この人」に加筆・訂正をし、書き下ろし1編を加えたものです。

この本を読むと日本の歴史上の様々な方が法然上人のお念仏の教えに帰依していたことが分かります。

執筆者は、石丸晶子・大橋俊雄・梶村昇・高橋良和・宝田正道・玉山成元・寺内大吉・畑中銀子・松浦行真という浄土宗内外からのそうそうたる方々です。

全部で48話ある中で取り上げられる人物は、阿波の介、徳本上人、室の泊の遊女 友君、徳川家康と観智国師、蓮月尼、一遍上人、耳四郎、袋中上人、関通上人、禅勝房、式子内親王 聖如房、遊蓮房、北条政子、大磯の虎、聖聰<1>、聖聰<2>、一向上人、漆間徳定師、熊谷直実、称念上人、祐天上人、弾誓上人、堀尾可晴の妻、聖光、俊乗房重源、進士入道感西、後白河上皇、高野聖 明遍、天台座主 顕真、甘糟太郎忠綱、九条兼実、安楽・住蓮、平重盛、隆寛、勢観房源智、聖覚法印、法蓮房信空、蓮生 宇都宮頼綱、宜秋門院任子、信生 宇都宮朝業、建礼門院徳子、善恵房証空、松虫・鈴虫、西阿、津戸三郎為守、良忠、大胡太郎実秀とその妻、親鸞です。

お読みいただくと、あまり知られていない歴史上の人物の一面が見えてくると思います。ぜひお薦めしたいと思います。

仏教イヴニングスクール・一夜一会

本日、浄土宗東京教区教化団主催の「仏教イヴニングスクール・一夜一会」が芝の大本山増上寺で行なわれました。
「仏教イヴニングスクール・一夜一会」はお勤めの方や学生の方も参加できるように企画された夜の講演会です。
今年の講師は評論家の山田五郎氏で、「仏教美術への期待」という講題で御講演頂きました。
昨年のみうらじゅん氏の講演会にはいけませんでしたが、今年は都合がつきましたので、前日に急遽申し込みをして行って参りました。
山田五郎氏は大変知識が豊富で、楽しいお話でした。山田氏は西洋美術に造詣が深く、仏教美術についても大変興味がおありのようです。山田氏自身はカトリックのクリスチャンだそうですが、仏像などの仏教美術がブームになっている中、仏教やお寺にもっと内部から発信してもらいたいと期待を寄せていただきました。また、一般の方に向けてはもっと仏教やお寺を活用しなければもったいないことや、日本文化としても最低限の仏教の知識を得るように努めなければならない旨をお話しいただきました。

『西遊記』における観音菩薩

『西遊記』の中に魚籃(ぎょらん)観音が出てきますが、『西遊記』における観音菩薩については沼義昭著の『観音信仰研究』にある以下の記事が参考になります。

「『西遊記』における観音の登場は、実はようやく明代になってからであった。南宋末成立の『大唐取経詩話』やそれの一部を伝える元代刊行の朝鮮の資料『朴通事諺解』中の話にも登場せず、明初の楊景賢作の『雑劇』に至って、観音は大活躍するようになる。ただし、この戯曲においては、観音は老僧と自称しており、女身ではないという。明刊本以降において、観音が女身たることを示すようになるのであるが、その箇所は次のとおりである。まず第十回、唐の太宗が助命を約束しながらそれを果たさず処刑された老竜の幽霊に、夢中で悩まされているのを、仙女に化して観音が楊柳の枝で追い払う。第二の箇所は第三五回、金角・銀角なる兄弟の妖怪が出現する場面である。太上老君が兄弟は自分の召使いの童子であると告げて、彼らを受け取って行くときである。これは明刊本の中、もっとも古い世徳堂本とよばれるテキストのみに出てくるのであるが、それと本文を同じくする『李卓吾先生批評西遊記』にも受け継がれている。これが岩波文庫本の底本であることは前述した。その場面で、金角・銀角兄弟が実は三蔵法師一行の志を試すために、観音が意図的に送ったものであることを太上老君に知らされた孫悟空は、「約束がちがうじゃないか(観音は孫悟空に苦難のときには自ら救ってやると約束している)。菩薩なんか、一生、行かず後家でいればいいんだ!」と悪態をついている。第三回は、第四九回通天河の場。南海の観音の住所落迦山の蓮池に住む金魚が通力を得て通天河の怪物となり、三蔵法師を河底に捕えてしまう。観音は孫悟空たちの請いにより、それを竹籠にすくい上げる。その条で、観音は「蓮の台(うてな)にも登らず、お化粧もせず、竹林に入って竹ひごを作っている」と述べられている。これが魚籃観音の起源でもあるというのは、いささか眉つばものの解説である。老女に化現する場面が第一四回と第五五回とにあり、第二三回では美女に化身する(回数は岩波文庫本による)」(沼義昭『観音信仰研究』佼成出版社、p390~391)

魚籃観音(ぎょらんかんのん)

清岸寺の境内には、魚籃(ぎょらん)観音という観音様の石仏があります。三十三観音の一つで、手に魚の入った籠を持つ観音様です。
魚籃(ぎょらん)観音は、魚の入った籠を持っていたり大魚に立っていたりするので、地域によっては魚供養や海上安全祈願、大漁(→商売繁盛)祈願などでお祀りされることもあるようです。
この度、本堂に向かって右手にお祀りしていた清岸寺の魚籃観音を本堂に向かって左手(幡ヶ谷聖観音に向かって右手脇)に遷座いたしました。


魚籃(ぎょらん)観音について、仏教辞典の記事をまとめると以下の通りです。

・魚籃(ぎょらん)観音
三十三観音の一。手に魚の入った籠(魚籃、さかなかご)を持つか、大魚の背に乗る姿にあらわされる。中国の伝説より生じた観音。中世中国で起れる信仰で、経軌(きょうき、密教における経典と儀軌)経文には説かれない。なお、魚籃観音と馬郎婦(めろうふ)観音とは同体とされる。
本来は盂蘭観音(すなわち盂蘭盆に現れる観音の変相)であったが、元代の発音によると「ゆいらん」なので、たまたま発音の同じ魚籃となったという説がある。
唐代、若者たちに競って求婚された美しい魚商の女は、結婚の条件として『観音経』『金剛経』、さらに『法華経』の読誦を課す。ついに馬青年に嫁ぐことになったが、結婚式に臨んで急死してしまう。その美女が、じつは観音の化身であったという説話(『宋学士全集補遺』第三「魚籃観音像賛」)による。
魚籃観音の起源は、宋の洪邁(こうまい)の『夷堅志(いけんし)』に出てくる次のような話ともいわれる。海州昫山(くざん)に賀氏あり、世に観音像を画き葷(くん)を茹(くら)わず、価甚だ貴く、画亦甚だ工なり。一丐者(かいしゃ、物ごいする者)あり、瘡癩(そうらい)を病み、膿血潰出(かいしゅつ)し、臭気近づくべからず、鯉魚一籃を携へ、之を遣して画を求む。賀氏曰く、吾が家は累世葷(くん)を絶てり、何ぞ以て汚さんと欲するや。其人曰く、君の画く所真に逼らず、我れ貧にして乞人たりと雖、却りて収めて一好本を得たり、君之を欲するやと。賀喜びて灑掃(しゃそう)し、室を浄めて入らしむ。忽ち化して観音の真相となる。賀即ち弟子を呼びて焼香敬礼(きょうらい)す。遽にして所在を失す、室中異香満ちて歳月散ぜず、是に由りて画名益々彰われたりと。
また、裨史『西遊記』に次のような話がある。玄奘三蔵が西遊の途中、通天河を過ぎる時、水中妖魔に捉えられ、厄難を免れることができなくなった。悟空は補陀山に馳せ参じ、観音に請うと、観音菩薩は悟空と共に其の場所に到り、籃を水中に投ずると、妖魔は本身に復して籃中に盛られた。これを見ると一匹の溌溂とした金魚だったという。この話を附会し、これをその起こりとする説もあるが、信じるに足らないものである。
また、籃中の魚は龍を表したものともいわれる。
この魚籃観音を女形にするのは後世のことで、婦人の服で画するのは近代に始まるものであるという。
『法華経』第七普門品に「或遇悪羅刹。毒龍諸鬼等。念彼観音力。時悉不敢害。」(或は悪羅刹毒龍諸鬼等に遇わんに、彼の観音の力を念ぜば、時に悉く敢て害せず)とある経文に配されるけれども、これは後世の転訛である。

魚籃(ぎょらん)観音と同体とされる馬郎婦(めろうふ)観音については以下の通りです。

・馬郎婦(めろうふ)観音
三十三観音の一。中国の伝説より生じた観音。馬氏の妻(馬郎の婦)に応現した観音の意。無信心な若者を教化するため、美しい魚商の女に身を変えた観音は求婚する若者たちに対し、結婚の条件として『観音経』『金剛般若経(こんごうはんにゃきょう)』、さらに『法華経(ほけきょう)』全巻の読誦を課した。ついに馬青年に嫁ぐことになったが、結婚式に臨んで急死して見せ、なきがらを残して去ってゆく(『法華経顕応録』巻下)。『仏像図彙』巻二では馬郎婦と魚籃(ぎょらん)観音とは異なった尊容であるが、馬郎婦観音の説話は魚籃観音の物語より転化したものである。なお、後世になって馬郎婦は『観音経』の婦女(ぶにょ)身に、魚籃は羅刹の難を救う経文に配される。

歴史ミステリー「法然 念仏に秘められたメッセージ」

法然上人の特別番組がテレビで放送されます。
平成24年5月19日(土)14時30分~15時55分に日本テレビ系列で全国放送される、歴史ミステリー「法然 念仏に秘められたメッセージ」です。
皆様、是非ご覧になって下さいね。

映画「テルマエ・ロマエ」

皆さんは現在公開されている映画「テルマエ・ロマエ」はごぞんじでしょうか?

コミックを実写化した映画ですが、古代ローマと現代日本のお風呂をめぐる物語です。
題名の「テルマエ・ロマエ」とはラテン語で「ローマの風呂」という意味だそうです。
内容は、阿部寛さんが演じる古代ローマ人ルシウスと上戸彩さんが演じるヒロインの日本人女性・真実が、古代ローマと現代日本をワープして行ったり来たりするお話で、非常にコミカルで面白く仕上がっています。

日本人は世界の中でもお風呂好きで有名ですが、日本でのお風呂や銭湯の起源は実はお寺です。
仏教で沐浴の功徳を説き、入浴が奨励され、一般民衆へもお寺の浴堂を開放していったようです。
当初のお風呂は蒸し風呂で、後の時代になって浴槽にお湯を張り、そこに体を浸かるというスタイルになっていったようです。
仏教とお風呂についてはかつて法然院の住職をされていた橋本峰雄氏の『くらしのなかの仏教』(中公文庫)が触れていたように思います。また、最近では井原今朝雄氏の『史実 中世仏教』第1巻(興山舎)の第2章に「中世僧侶の清潔心と湯屋」として詳しく記載されています。

お風呂に日々入ることで、体の垢を落とすとともに、心の汚れも落としたいものです。

江戸博「芝 増上寺~秀忠とお江の寺~」

現在、両国にある江戸東京博物館の企画展で「芝 増上寺~秀忠とお江の寺~」が開催されています。会期は平成24年 3月27日(火)~平成24年5月27日(日)で、休館日は4月2日・9日・16日・23日、5月21日です。

特別展ではないので、あまり規模は大きくないですが、常設展観覧料で見ることができます。

もともと昨年に企画されていた展示ですが、東日本大震災の影響で延期されました。NHK大河ドラマの「江」が終わってしまって、時期外れになってしまい少し残念ですが、増上寺は徳川家や江戸の歴史において、また浄土宗において大変重要な寺院です。一般の方に増上寺の歴史を広く知って頂くいい機会だと思います。

展示構成は、エピローグ・第一章 創建・第二章 芝へ~江戸の建設~・第三章 徳川家と増上寺・第四章 霊廟と法会・エピローグです。

この企画展には増上寺の他に、増上寺の塔頭寺院で江(崇源院)の御霊屋別当寺院である最勝院からも寺宝が出展されています。中でも、江(崇源院)の念持仏の阿弥陀如来はなかなか見ることができないと思います。

江戸東京博物館にまだ行かれたことがない方は、常設展も大変見ごたえがありますので、たっぷり時間を取って企画展と一緒にご覧頂いた方がいいと思います。

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清岸寺

Author:清岸寺
清岸寺・住職の弘之(お坊さん読みでコウシ)です。
学歴:大正大学人間学部仏教学科卒業、大正大学大学院修士課程修了。
趣味:読書、映画鑑賞、合気道(合気道歴20年)。

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