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平成24年 法然上人八百年大遠忌法要・施餓鬼法要 厳修

本日は施餓鬼法要でした。(※本年度より施餓鬼法要を7月25日から4月29日に日程変更しました。)
また、本年は合わせて法然上人八百年大遠忌法要を厳修いたしました。

本来、法然上人の八百年大遠忌は昨年でしたが、東日本大震災の影響で、大本山・増上寺でも一年延期して大遠忌法要をお勤めしております。清岸寺でもそれにならって一年遅れての八百年大遠忌法要をお勤めいたしました。

大勢のお檀家の皆様のご参列を頂き、ありがとうございました。
本日参列して頂いた皆様への記念品として、住職が撮ったり集めたりした清岸寺の歴史をものがたる写真をまとめた写真集『礎(いしずえ)』と、私が是非大遠忌法要の記念品にと提案した『法然上人のお言葉―元祖大師御法語―』(総本山知恩院布教師会)等を配布させて頂きました。
『法然上人のお言葉―元祖大師御法語―』はルビも現代語訳も付されていて、たいへん読みやすくなっております。ぜひ皆様に法然上人の生のお言葉を感じ取って頂きたいと存じます。

大法要の前には、箱根の阿弥陀寺ご住職の水野賢世上人をお迎えして琵琶による法然上人一代記の演奏がありました。水野上人は琵琶の名手であります。たいへん素晴らしい演奏と張りのある弾き語りの声が清岸寺の本堂内に響き渡りました。

箱根の阿弥陀寺は、公武合体のために徳川第十四代将軍家茂公の妻として降嫁された皇女・和宮様の香華院(御位牌をおまつりする寺)として有名です。和宮様が箱根塔之澤で他界され、徳川家の菩提寺である増上寺の末寺の塔之澤阿弥陀寺住職が通夜・密葬をつとめたことにより、和宮様の御位牌が阿弥陀寺の「皇女和宮葵御堂」に安置されています。また、阿弥陀寺は「あじさい寺」としても知られています。阿弥陀寺へ行くにはは大変急な細い坂道を上らなければなりませんが、非常に趣のある山の中にあるお寺様です。あじさいの季節ではありませんでしたが、私は一度だけ阿弥陀寺に参拝したことがございます。もうすぐあじさいの季節です。皆様も箱根に行かれた際には阿弥陀寺様にお参りして下さいませ。
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平成24年度 浄土宗東京教区布教師会 総会・研修会

本日は大本山・増上寺で、午前は浄土宗東京教区布教師会の役員会と総会・研修会の準備、午後から総会・研修会がありました。私は今日まで浄土宗東京教区青年会から出向して浄土宗東京教区布教師会の理事になっていましたが、今日で理事を退任です。

昨日は浄土宗城西組青年会の総会、先週は東京教区浄土宗青年会の総会と最近は総会が続きました。

本日の浄土宗東京教区布教師会の研修会は『いいお坊さん ひどいお坊さん』(KKベストセラーズ ベスト新書)の著書で行政書士の勝圭子先生を講師としてお招きして御講演を頂きました。

一般の方からお坊さんがどのように見られているか、大変参考になりました。まだまだ未熟者なので、いいお坊さんになれるように努力します。

勧進(かんじん)

勧進(かんじん)とは、『岩波仏教辞典』に「本来は、人びとを教化して仏道に入らせることを意味したが、後には社寺堂塔の造営・修復・造像・写経・鋳鐘あるいは架橋・溝池掘削・道路建設など、種々の作善に結縁して善根を積むことを勧め、金品を募集することを意味するようになった。起源は奈良時代の行基のころから始まるが、鎌倉時代初期の、東大寺を再建した重源が有名である。(以下略)」とあります。


奈良の東大寺の再建の勧進について、はじめに大勧進職が法然(ほうねん)上人に下命があったものの、法然上人が辞退して重源(ちょうげん)上人を推挙したことを、以前にブログの「大仏の日」の項で書きましたが、そのことが記された『法然上人行状絵図』(『勅修御伝』)の記事を以下にご紹介いたします。

「東大寺造営の為に、大勧進の聖の沙汰侍りけるに、上人(=法然)、其の撰に当たり給いければ、右大臣行隆(ゆきたか)朝臣(あそん)を御使にて、大勧進職たるべき由、法皇(=後白河)の御気色ありけるに、上人申されけるは、「山門の交衆(きょうしゅう)を逃れて、林泉の幽栖を占め侍る事は、静かに仏道を修し、偏えに念仏を行ぜんが為なり。若(も)し勧進の職に居せば、劇務万端にして素意もっぱら背くべき」由を、固く辞し申されけり。行隆朝臣、その志の堅固なるを見て、事の由を奏しければ、若(も)し門徒の中に器量の仁あらば、挙げ申すべき由、重ねて仰せ下されけるによりて、醍醐の俊乗房(しゅんじょうぼう)重源(ちょうげん)を挙げ申さる。遂に大勧進の職に補せられにけり。」(『法然上人行状絵図』第30巻)

お施餓鬼(せがき)と護寺費(ごじひ)払込の日程変更

昨年から告知している通り、今年(平成24年)から清岸寺のお施餓鬼は、昨年までの7月25日から4月29日(昭和の日)に日程変更いたします。
お檀家の方には今年のお施餓鬼のご案内が届いていることと思います。お塔婆を申し込みの方は、お早めに返信ハガキをお出しくださいね。

また、昨年まで春に郵送していた護寺費(ごじひ)の払込のお願いを今年からお施餓鬼のご案内と混同しないように7月に郵送することに変更になりました。護寺費の振り込み用紙が届きましたらご協力を宜しくお願い致します。

大仏の日

本日、4月9日は「大仏の日」だそうです。天平勝宝4年(752)年のこの日、奈良・東大寺の大仏開眼供養が行われたことに由来します。

大仏の納められている大仏殿は世界一大きな木造建築物です。

東大寺大仏は、聖武天皇により天平15年(743年)に造像が発願され、天平17年(745年)から制作が開始されました。聖武天皇は「生きとし生けるものが共に栄えること」を願い「大仏造立の詔」を発し、大仏が造立されました。

鎌倉の大仏さまは「阿弥陀仏」ですが、奈良の大仏は「盧舎那仏(るしゃなぶつ)」です。

大仏と大仏殿は、平安時代末期と戦国時代に兵火で焼失し、再建されています。

1回目は治承4年(1180年)の平重衡(しげひら)による南都焼討によるもので、この時には興福寺と東大寺が焼失しました。この時に大勧進職として俊乗房(しゅんじょうぼう)重源(ちょうげん)上人が再興に奔走しました。はじめこの大勧進職は法然(ほうねん)上人に下命があったものの、法然上人が辞退して重源上人を推挙したともいわれています。鎌倉幕府の協力を得て、文治元年(1185)に「大仏開眼供養」が行なわれました。また、大仏殿の落慶法要は建久6年(1195年)に行なわれています。

2回目は永禄10年(1567年)、三好・松永の乱がおこり松永久秀の兵火により焼失しました。この時は、復興事業がなかなか進まず、大仏は頭部は銅板で仮復旧されたままで、雨ざらしの状態が続いたそうです。その雨に打たれる露座の大仏を見た公慶(こうけい)上人はその姿に悲嘆し、大仏殿の再建を決意したといいます。公慶上人は幕府から大仏再興のための勧進(資金集め)の許可を得て、ようやく再興が始まりました。徳川綱吉の援助もあり、元禄5年(1692年)に大仏の修理が完成して開眼法要が行なわれました。公慶上人は大仏殿の落慶を見ることはなく、宝永2年(1705年)に亡くなりました。大仏殿の落慶が成ったのは宝永6年(1709年)、公慶上人が没してのち4年目のことです。現在の東大寺に見られる大仏殿はこのときに再建されたものです。

奈良・東大寺の大仏については、奈良国立博物館学芸部長の西山厚氏による『仏教発見!』(講談社現代新書)でわかりやすく記されています。お薦めですので、皆さんぜひお読みになってみて下さいね。

灌仏会(花まつり)と水上(みずかみ)忠蔵(ちゅうぞう)先生

本日、4月8日はお釈迦様のお誕生日。13時から灌仏会(花まつり)の法要をお勤めいたしました。
灌仏会(花まつり)の法要後、境内にある「水上忠蔵先生追慕碑」(明治45年建立)の前で、総代の下嶋氏から水上忠蔵先生についてのお話をしていただきました。
水上忠蔵先生とは、幡代小学校の前身である白水分校の教員で、幡代小学校の開校と同時に教員として迎えられた方です。
最近、「水上忠蔵先生追慕碑」についての渋谷区教育委員会による案内板も立ちました。
案内板に水上忠蔵先生が明治24年(1891)1月18日に61歳で亡くなったことが記されていましたので、清岸寺の過去帳を調べてみると戒名は「戒光院淨(=浄)譽(=誉)實(=実)道信士」とありました。
水上忠蔵先生のお墓は、清岸寺の水上家の墓所にあります。

宗祖(しゅうそ)降誕会(こうたんえ)

本日4月7日は、浄土宗の宗祖・法然上人のお誕生日、「宗祖降誕会」です。法然上人は、長承2年(1133)4月7日に誕生されました。

因みに明日4月8日は、仏教の開祖・お釈迦様のお誕生日、「灌仏会(かんぶつえ)」「花まつり」です。

桜満開

今年は本日、4月6日に東京で桜が満開になりました。東京では靖国神社の標準木が8割開花すると満開とされるそうです。
本日は天気も良く、芝の大本山・増上寺の桜も大変綺麗でした。増上寺の御忌では唱導師による法要の前に大門(昔の表門)から三門(三解脱門)を通って大殿に向かってお練りの行列があります。桜が舞う中で全国から随喜に集まった僧侶が行列する様は圧巻です。
唱導師がお導師を勤める増上寺の法然上人800御忌法要は明日が最後です。明日は土曜日で大勢の一般の参拝の方が予想されます。大殿の堂内の椅子は団参(団体参拝)の方の分しかありませんので、一般の方はお座りになることができませんが、お時間がありましたら増上寺にお越しいただき、お練り行列だけでもご覧いただければと思います。
明日(4月7日)の増上寺の唱導師法要は14時~の日中法要のみなので、お練りは13時半~の出発です。

幡ヶ谷子育て地蔵尊 例大祭

本日、4月4日は「幡ヶ谷子育て地蔵尊」の例大祭がありました。
幡ヶ谷子育て地蔵尊は甲州街道沿い(南側)の幡ヶ谷駅と初台駅の間にあります。
住職は増上寺の御忌法要に随喜のため、今年は私がお導師としてお勤めいたしました。
お供物のお菓子が配られることもあって、沢山のちびっ子たちも手を合わせてお参りに来ていました。

来月(5月)は甲州街道と中野通りの交差点にある「牛窪地蔵尊」の例大祭もあり、こちらも清岸寺が出向いてご祈願いたします。

明日からは、また増上寺御忌に団参(団体参拝)案内係として出仕していきます。
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清岸寺

Author:清岸寺
清岸寺・住職の弘之(お坊さん読みでコウシ)です。
学歴:大正大学人間学部仏教学科卒業、大正大学大学院修士課程修了。
趣味:読書、映画鑑賞、合気道(合気道歴20年)。

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